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浮き世離れした青春小説

池澤夏樹の「スティル・ライフ」を読み返した。一年に一回くらい読み返してる。定職につかずふらふらしているフリーターの青年が主人公なのだが、この青年、不安定な自分の状況に対して焦りや悲壮感をまったく持っていない。それどころか反対に充実感さえ感じさせる。自分を冷静に見つめたうえで、楽観的に生きている感じがいい。変な自意識を持っていないから読んでいて楽だ(好き嫌いでいえば、変な自意識持ってる奴のほうが好きだけど)。

友人の佐々井という人物もいい。佐々井は物静かで自己主張が少なく、主人公と同様アルバイトを転々として生活している。どうやって過ごしているのか、何を考えているのかがよくわからない。社会となるべく関わらないようにして生きていて、発言や態度からはどこか浮世離れしたものを感じさせる。この佐々井と主人公との不思議な交流が、物語のキモになっている。徐々に明かされる佐々井の生き方や趣味志向は、現実味はあまり無いけれどとても独創的で、物事を見る時の視点をひとつ増やしてくれる。この男の生き方は、誰にとっても新鮮なものだと思う。

 

この小説で特に好きなのはところどころに書かれる主人公の考え方だ。

大事なのは全体についての真理だ。部分的な真理ならばいつでも手に入る。それでいいのならば、人生で何をするかを決めることだってたやすい。全体を見てから決めようとするから、ぼくのようなふらふら人間が出来上がるのだ。

 

寿命が千年無いのに、ぼくはなにから手を付けていいのかわからなかった。何をすればいいのだろう。仮に、とりあえず、今のところは、しばらくの間は、アルバイトでもして様子を見る。そういうことだ。十年先に何をやっているかを今すぐに決めろというのはずいぶん理不尽な要求だと思って、ぼくは何も決めなかった。社会は早く決めた奴の方を優先するらしかったが、それはしかたのないことだ。ぼくは、とりあえず、迷っている方を選んだ。

 

こいつは要するにモラトリアム人間なんだなということがよく分かる。でも、主人公はそんな自分の現状をまったく悲観していない。遅れをとってもいいから、自分に忠実に生きようという意志がある。社会に勇ましく反抗するわけではないけれど、静かにそっぽを向いて、それで堂々としている。こういう、社会的には駄目なのに、ブレたりせずマイペースに生きている主人公を見るととても安心する。だから何度も読み返してしまうんだろう。

 

社会に出るのが嫌で、ダウナー志向の人なら、きっと楽しく読める小説だと思う。

 

あともし漫画化するなら、豊田徹也にやってほしい。静謐な雰囲気が似ている。そういえば豊田徹也の短編にも昼間からパチンコに行ってるマイペースなふらふらした若者が出てきてたな。今思えばあのキャラクターは「スティル・ライフ」の主人公にそっくりだ。

 

スティル・ライフ (中公文庫)

スティル・ライフ (中公文庫)