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浅羽通明「アナーキズム」

浅羽通明アナーキズム―名著でたどる日本思想入門」

序章『反逆とユートピアアナーキズムとは何か』のp11~p23までの要約

 

アナーキズムは「一切の権力や強制を否定して、個人の自由を拘束することの絶対にない社会を実現しようとする主義」と、広辞苑では定義されている。

反政府、反権力や反権威を標榜する思想、個人の自由を尊重する思想はほかにもいくつもあるが、それが徹底されることを要求する思想、それがアナーキズムである。

国家は、侵略や犯罪から人民を守ったり、福祉政策を実施したりするが、アナーキズムはそれすらも否定する。

政府や権力を倒すためにはふつう、反政府の為の政府、反権力の為の権力をつくり組織していく必要があるが、アナーキズムはそれをも、個人の自由を抑圧する権力には違いがないという一点で基本的に許さない。

アナーキズムには「反逆」と「夢想」という二つの極がある。

まず「反逆」について。組織や代表を介した間接的反逆を否定するアナーキズムは、「直接行動」のみを反逆の手段にする。その最も分かりやすいパターンは、暴動とテロリズムである。暴動とかテロリズムとかには、ある種の若者を惹きつけるロマンと感傷があるが、これはアナーキズムにどういう特質を与えたか。

エネルギーや鬱屈は人一倍あるが、経験や実力がともなっていないのが若者である。ゆえに、いくら情熱があっても、社会的には末端の役しかわりふられない。社会主義共産主義を掲げる政党でも、ファシズム超国家主義の団体でも、上下関係は必ずある。これでは膨張した自意識は不満を抱えることになる。

アナーキズムは、この点で他と異なる特質がある。組織を否定するこの思想は、反逆したい若者を、キャリアを積まなくとも、今このままで権力すべてと対等に向かい合えるものとして肯定する。

また、アナーキズムは権力を生む組織や代表を拒むゆえに、思想上の理論化をも好まない。これは逆に言えば、理論的勉強などしなくとも、エネルギーさえあれば誰でもアナーキストになれるということだ。

アナーキズムのこうした特質は、特に何も持たないが自意識と反逆心だけは人一倍の若者たちを、多く引き込む所以となった。

 

暴動、テロリズムなど直接行動による即時の反逆を「行動的アナーキズム」という。大杉栄バクーニンに代表される。

しかし、組織も代表も拒絶しているため、彼らの暴動やテロリズムが成功する可能性はかなり低い。

直接行動の限界を悟り、なおアナーキストであろうとする者に残された道は、たとえ現在の権力を許しても、自らが反体制の権力であれ権力を握ることは絶対に許さないとして自らの行動を封じ、ユートピアがいつか実現する日を夢想することしかない。これがアナーキストのもう一つの極である、「啓蒙的アナーキズム」である。行動的アナーキズムが若者に担われるのに対して、啓蒙的アナーキズムは老成した者に担われる。たとえば、石川三四郎秋山清がいる。